ごった煮

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関西からも消滅寸前!103系の思い出

すでにニュースでもありましたように、昭和の時代から走り続けていた103系がいよいよ大阪環状線から姿を消すこととなりました。

 

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103系といえば1963年から1984年まで20年以上の長きに渡って3500両以上も作られた国鉄を代表する通勤電車です。

 

東京や大阪の街で見かけない日はない、そんな時代もありました。

 

 

平成に入ると新しい車両にどんどん置き換えられ東京からは2006年にすでに引退。

 

なので東京の人がこの車両に乗るためにはわざわざ大阪か九州(見た目はまるっきり違うけど)に行かないといけなかったんですが、そんな大阪でも今や新車を積極的に入れて取替を進めています。

 

なのでいよいよ引退へのカウントダウンが近づいてきました。

 

 

ということで東京で103系が現役だった時代の思い出を語ってみます。

とにかく揺れる

 

今でこそ通勤電車も揺れの軽減に空気ばねを使っていますが、103系が生まれた昭和40年当時は空気ばねなんて特急とか急行電車にしか使われていなかったリッチなものでした。

 

その時通勤電車や近郊型電車で使われていたのは何かというと、自転車のサドルの下に付いているのと同じコイルばねですよ。

 

なのでとにかく揺れがそのまま車内にまで伝わってきます。

 

 

スピードを出す京葉線の快速電車なんて線路の継ぎ目を通過する度に揺れまくりでまさに脱線しそうな勢いでしたね。

 

とにかくうるさい

まあこれは別な方がアップロードされている動画を見ていただくしかないんですが、103系が速いスピードを出していた時のうるささは悲鳴を上げているようでした。

 

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こんな車両が常磐線や武蔵野線で時速100kmで毎日駆け抜けていったわけです。

 

なので最新の車両なんてこのうるささと比べればとにかく静かな方。

 

 

武蔵野線にはものすごく長いトンネルがあるんですが、速いスピードで駆け抜けていると隣の声や車掌のアナウンスすら聞こえない!

 

しかも車掌のアナウンスは当時のこもって聞こえる音質が悪いスピーカーとあいまってさらに聞き取りづらいんですよね。

 

とにかく椅子がふかふか

 

103系のあの椅子、クッションがものすごくふかふかでした。

 

これは今の通勤電車よりも勝っている点です。

 

 

今の通勤電車なんてクッションがものすごく硬いですからね。

 

京浜東北線の1世代前の車両なんて一番硬かった記憶があります。

 

 

あのお尻が痛くなって長い時間座っていられない今の車両の椅子と比べると、103系の椅子なんてソファーと同じです。

 

ひどい揺れとあいまって眠くなってそのまま眠ってしまうこともときどき・・・

 

 

とにかく新しい車両と古い車両が混ざりすぎ

 

これは103系が生まれた当時と今とで、車両管理のやり方が大きく違うってのも一因なんですが、とにかく同じ編成の中で製造年がちがう車両がまぜこぜに走っているってのは国鉄車両の特徴ですね。

 

 

今でこそ車両の管理は製造から運転、メンテナンス、果ては廃車に至るまですべてが編成単位で行われているんですが50年前はとにかく車両単位で行われていました。

 

なので該当車輌が大規模なメンテナンスになると編成から抜かれて別な車両が差し込まれたほか、編成の組み換えも日常茶飯事のこと。

 

先頭車がボロで中間の車両ができたての新車なんてパターンやその逆のパターンもありましたからね。

 

 

どちらが管理しやすいのかというと・・・マニアからしてみたらやはり編成単位のほうがいいですね。

 

とにかく見た目が変わりすぎ

 

これは関東の車両ではないんですが、関西にいる車両には、とにかく見た目が変わり過ぎな車両がたくさん走っていたりします。

 

体質改善40N - Google 検索

 

これはJR東日本のように一気に新車を大量に入れられないJR西日本がなんとか新車への取替時期を遅らせるための策で、比較的新し目の車両は徹底的に見た目にも手を入れられました。

 

張り上げ屋根に逆T字窓?車内はラインデリア??

 

でも足回りは一切変わらず。うるさいモーターも健在。

 

 

さすがに改造するために多額のお金がかかったらしく、後期に延命された車両はそこまで見た目は変わっていなかったりします。

 

しかも車両単位で管理されていた名残から、見た目が変わった車両とそこまで変わっていない車両が混ざって統一感がまるでないのはご愛嬌。

 

 

JR東日本のような車内は黄色い化粧板、床も黄色と赤のラインの更新なんてまだまだかわいいもんです。

 

明るい色に明るい色なので、逆に汚れが目立ってしょうがなかったんですけどね。

 

とにかくトップナンバーが長生きしすぎ

 

今や京都の鉄道博物館で保存されているトップナンバーのクハ103-1ですが、生まれは何と1964年の5月!

 

最初は山手線に投入されました。

 

なので東京オリンピックが開催された頃はすでに東京の街をグルグル回ってたってことになります。

 

 

その後関西に異動したわけですが、この車両、なんと2011年まで走っていたんですよね。

 

なので、47年も運転されていたわけです。

 

しかも末期は反対側の先頭車には離れ離れになってしまったかつての相方クハ103-2を連結していました。

 

 

逆に最後に作られたモハユニット2組4両は1984年生まれで2001年に取り替えられ2002年に解体。

 

なんと走っていた時期はわずか17年!

 

これがJR東日本とJR西日本のお金の差です。

 

とにかくインドネシアに行ったやつがいる

 

実は2004年、武蔵野線で使われていた車両のうち16両が解体を免れ海のはるか向こうの国、インドネシアに譲渡されていきました。

 

インドネシア 103系 - Google 検索

 

今や日本の古い通勤電車はそのまま海外に送られる時代です。

 

 

現地では最初はオレンジ色のままで使われていたんですが、その後いろんな塗装に塗り替えられました。

 

なんだ、白を基調にオレンジと緑の帯って、昔のJR東海みたいな塗り分けじゃないですか・・・。

 

インターネットで検索すると青系のツートンだったり、赤と黄色のツートンだったり、白基調で赤と黄色の帯だったりと本当に色が定着してなかったですね・・・。

 

 

方向幕もそのまま抜き取られずにインドネシアへ行ったので、ジャカルタで「むさしのドリーム東京」行きが見られる珍事もありました。

 

 

そんなインドネシアに行った車両も2016年、惜しまれつつ営業運行を終了してしまいました。

 

 

置き換えはなんとこれまた東京のいろんな路線で使われていた205系。

 

日本の30年前をそのままなぞっていますね。

 

とにかく西日本に売られたやつもいる

 

2005年、福知山線で脱線事故が起きたのは記憶に新しいです。

 

この時、207系の廃車やらいろんな事態が重なりJR西日本では車両が不足する事態になりました。

 

そこでJR西日本が取ったのは・・・

 

 

なんと、JR東日本でいらなくなった103系を買ってきたのです。

 

このときはちょうど武蔵野線で車両の取替えが行われていた時期、運がいいのか悪いのか8両が解体を免れ西日本へと旅立ちました。

 

噂だと、先頭車は1両1万円だったということです。

 

 

でも延命工事した車両だらけの西日本の103系にいきなり未更新、原型を保ったままの103系が入ってきたもんだから検査を担当した吹田工場の中の人も驚いたでしょうね。

 

車両の状態があまりにも違いすぎるんですから。

(JR東日本の車両のほうがずっと状態が悪かったらしい)

 

ちなみにこの8両、編成単位で使われたわけではなく、いろんな路線に散り散りになっていきました。

 

中間車はまだしも、先頭車は何と広島送りですよ。

 

結局戸袋窓閉鎖する最低限の工事だけして、数年間働いてさっさと廃車となってしまいましたとさ。

 

 

新しい車両が来るまでのつなぎとして買っただけですからね・・・

 

 

さいごに

昭和の時代から通勤客を大量に乗せてきた103系も残すところあと200両弱。

 

 

鉄道ファンの方からは色々文句も聞こえてきそうですが、実は1999年には走行中の電車の配電盤から火を噴くトラブルを起こすほどボロくなっていました。

 

なのでお金があるうちにさっさと取り替えたほうが余計なコストもかからないしいいことづくめですよ。

 

 

なので余韻にひたれるのは鉄道模型の時代か、某国民的長寿アニメの中だけになってしまいました。

 

大阪の方は、ラストランまで乗ってあげてくださいね。

 

 

ところで奈良の車両は取替の話をきかないんですが、あそこもボロだらけだったような・・・

 

最後までお読みいただきありがとうございます。