ごった煮

日々ごった煮のようにあふれる情報の中から、面白そうなものをいろいろ書き連ねるブログです

東京湾岸が果ての果て?嘘をつけ、おしゃれな表の顔の東京になっているぞ

Twitterを眺めていたらこんなツイートがありました。

 

 

リンクにあるコラムを読んでまず思ったのは、東京湾岸を勝手に東京の果ての果てにしないでーってのがいうのが正直な感想です。

 

 

私が思っているのと同じようなツッコミもありました。

 

 

バブル経済も過去の話になった21世紀前後から、東京湾岸が再開発のラッシュになったのはニュースを見ている私たちも存じ上げているとおりです。

 

バブル崩壊で日本の主な産業は製造業からサービス業にシフトするとともに、東京湾岸にあった工場や倉庫は移転や閉鎖を余儀なくされてしまいました。

 

なんとかこの不景気も過ぎて景気が上り調子になった2000年代中ば以降は都心回帰がブームとなり、新しい埋め立てもあったことでまとまった土地がすぐに手に入る東京湾岸が大注目されるようになっていきます。

 

そんな中2011年に発生した東日本大震災では東京都心からほど近く、電車が動かなくても歩いて帰れる東京湾岸のメリットが受け注目度がもっともーっと加速していったんですよね。

 

 

たしかに本文でも挙げられている「新木場埠頭」ですと材木加工の業者と倉庫が立ち並ぶ風景は今も昔も変わらないんですが、「豊洲」や「台場」、「有明」なんて、今やかつての荒れっ原はどこにいったかのようにタワーマンションが林立、企業も進出していて大型ショッピングセンターも開業、たくさんの人が普段の生活を送っている場になってます。

 

 

Google Earthで見る2015年の東京湾岸の一部。

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たしかに新木場埠頭は殺風景な倉庫や材木屋が立ち並んでいますが・・・

 

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有明から豊洲、勝どきなんて背が高い建物がいっぱい。

 

この時は工事中になっている豊洲埠頭には市場が完成し、中央やや上にある空き地には学校が建てられています。

 

バブルの夢は終わりましたが、街としての夢はいまだ終わっていません。

 

著者の古市氏の言葉を借りるなら、むしろおしゃれな表の顔の東京の姿としてなじんできています。

 

 

この記事を書いた時から11年前の2006年、プロ野球を引退した新庄が豊洲のマンションのCMに出演していたのは記憶に新しいですね。

www.youtube.com

「銀座は僕のクローゼット!」

「台場は僕のビーチ!」

「豊洲は僕のドリーム!」

 

当時は景気も上向いてましたし、大企業に長く勤めるサラリーマンや会社経営者にとっては銀座の高級ブティックも豊洲の高層マンションも夢がかなう、十分手が届く存在だったんですよね。

 

CMから10年、リーマンショックやなんやかんやで格差はどんどん広がっていますがこのときに豊洲に居を構えた人なんてもっと富を得ているはずです。

 

 

「殺風景な海」が「いつかは失われていくかもしれない」と書かれていますが、すでにその殺風景な海は失われてますよ。

 

休日になるとたくさんの人がどこからともなく東京湾岸にレジャーに訪れますし、ショッピングセンターなんて連日混雑してます。

 

運河沿いには海を見渡せる公園があって、ジョギングしてる人や散歩してる家族連れもよく見かけますね。

 

もし、古市氏が言うとおり東京湾岸が果ての果てだったら都営バスが土日の昼間でも10分間隔で走ってないですし、チェーン系レストランやスーパー、コンビニの看板が夜でも光ってません。

 

分譲タワーマンションも募集をかけた数百戸が即日完売しませんし、首都高や下の道路も毎日のように普通の車で渋滞してません。

 

黒塗りのベンツやBMW、レクサスがマンションの地下駐車場に並んでいることもないでしょうね。

 

 

「改めてとことん100以上のバス路線に乗ってみた」とありますが、東京湾岸を走る路線にもういっぺん乗って観察しなおしてほしいですね。

 

果ての果てなんてどこに行ったかのようにニョキニョキと映えるマンションが列のようになってますから。

 

 

古市氏には「海01系統」「都04系統」「都05-2系統」「業10系統」「門19系統」「東16系統」「錦13系統」は最低限全区間乗ってほしいところです。

 

今までのイメージが根底から覆されますよ。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。