ごった煮

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20年前のりんかい線とお台場の思い出話

りんかい線の中の人が昔のりんかい線についてツイートをしていたので当時の事を思い出してみたくなりました。

 

 

画像が天王洲アイル延伸後なのはおいといて、ツイート自体は今から4年前のことなんですが、恐らくこの時代のことを知ってる人ってのは少ないはずです。

 

 

今から20年前の1996年、りんかい線は4両で開業したんですよね。

 

 

開業したときの区間は新木場からお台場がある東京テレポートまでのわずか4駅の盲腸線でした。

 

今では考えられないくらいローカルチックな短い編成だったんですが当時はまだ埼京線との乗り入れが考慮されていなかった時代ですからこれでも十分に輸送ができると見込んでいたんでしょう。

 

 

バブルも弾けてしまい未曾有の不況となり、1996年に開催予定だった世界都市博覧会が直前で中止になったってのも大きかったはずです。

 

なにしろ、あれで来場者のシャトル需要が0になり、都市博によって知名度が上がったであろう臨海副都心への観光、通勤需要すらなくなってしまったわけですからね。

 

あの臨海副都心の中心にできただだっ広い空き地は今でもまだ残されています。

 

それでも、なんとか企業が来てくれた結果、今では違う形で観光地として発展してくれました。

 

 

私も高校生だった1999年頃に初めて新木場からりんかい線に乗る機会がありました。

 

この当時、誰も客がいないのに昼間7分半間隔で走る、どう見ても電気代と人件費と設備代の無駄遣いだろってダイヤで運行されていました。

 

今は10分間隔ですから、なんと昔のほうが本数が多かったんです。

 

あの陽が射す車内のガラガラっぷり、今でもあまり変わらないっちゃ変わらないんですが4両編成でも1両にいる客が私1人だけでしたからね。

 

 

そしてガラガラの電車はトンネルに入り東京テレポートへ。

 

はじめて見たフジテレビの後ろ姿はやっぱり巨大でしたね。

 

無骨な骨組みのように見えるんですが、周りには高い建物がなにもありませんでしたので、特別な存在感というものがありました。

 

あの時はレジャー施設もデックス東京ビーチしかなかったのでそのままどこにも寄らずまっすぐゆりかもめに乗ってとんぼ返りしたんですが、そういえば当時のゆりかもめも新橋駅は仮のホームだったなあ・・・ってのも思い出しました。

 

 

そこから今に続く、私の東京ベイエリアに対する熱い情熱がほとばしってしまったようです。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。