ごった煮

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私が好きだったPHSの機種を語ってみた

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Twitterで「#好きだったPHSの機種を語ろう」のハッシュタグで、

かつてユーザーだった皆さんが思い思いの機種について語ってらっしゃったので、

私もブログで思い出の機種について語っていきたいと思います。

 

そもそも事の発端は

ソフトバンクがワイモバイルブランドで行っているPHSの一般向け新規契約を2018年3月で終了するという報道発表があったことによるものです。

これにより、20年以上続いたPHSの歴史に終止符が打たれることとなります。

 

PHSって何?

PHS=パーソナルハンディホンシステムの略称で、移動電話の一種です。

携帯電話よりも料金が安い、基地局1基あたりがカバーするエリアが狭い(その為移動中にめっぽう弱い)といった携帯電話の簡易型といった側面がありました。今でも企業や医療現場では現役で使われています。

90年代半ば、当時流行していたポケベルに変わり大流行し、当時の女子高生の間では「ピッチ」なる略語も生まれましたね。

 

私が好きだった機種

題名は「好きだったPHS」とありますが、私がPHSを使っていたのはわずか1年、たった1機種だけでした。それが、アステルAP-32という機種です。

(リンク先の画像は後継のAP-33という機種ですが、デザインはまるっきり一緒です)

 

今では当たり前となった「着メロ」が最初に搭載されたのはアステルの端末というのは、もうご存じの方は少なくなったでしょう。その企業から1999年に発売された端末です。

(もっというと、メールはライバルのDDIポケットが最初)

 

この機種の特徴、なんと、十字キーがボタンではなく、タッチして操作します。これは人によって評判が別れたようで、やさしーくタッチするのではなく、力を少しかけないと反応しませんでした。

 

さて、この機種で私が何をやっていたか・・・というと、顔も知らない女の子とのメールでした。今では規制されてしまいましたが、当時は高校生でも中学生でも出会い系サイトが使えたんですね。MOZIOという情報配信サービスでメル友を募り、何人かとやりとりをしていました。あまりにも使いすぎたために月に3万円支払ったこともあり、学校に持っていくのを禁止されたこともあります。

(ちなみに、支払った最高額はJ-PHONEを使っていた時代の7万です)

 

この機種、移動中に本当に弱く、学校帰りにのった電車で赤羽から浦和まで移動した9分間、一度もメールを送れなかった実績があります。時速100kmで走る区間とは言え、●島●子が出ていたCMは何だったんだ・・・

 

この端末との別れはいきなり訪れます。なんと、ACアダプターが断線してしまい、充電ができなくなってしまったのです。

当時やっぱり女の子とメールしていた私、あっけなくドコモの携帯電話に機種変更してしまったのでした。当時既にeメールでやり取りしていましたので、そのままメールは継続できています。

その後わかったことですが、当時使っていたポータブルCDプレイヤーのアダプターがそのまま使えてしまったことが判明しました。(危ないですので、よい子は真似しないでね!)

 

 

それより何より、「#好きだったPHSの機種を語ろう」で誰もアステルの話をしないあたり、本当に使っていた人が少なかったんだな・・・と寂しい気持ちにもなりますね。

私の周りでは使っていた人が多かったんですけどね。

 

電柱に遺された基地局が名残惜しい・・・

 

最後までお読みいただきありがとうございます。