ごった煮

日々ごった煮のようにあふれる情報の中から、面白そうなものをいろいろ書き連ねるブログです

1993年、開発中のお台場の様子がパネルで展示されている場所があった

私は高校生の頃から、お台場、臨海副都心の開発前、開発中の写真や文章を漁っていた時期があります。

昔のお台場はどんな場所だったのか?非常に気になってしまい、東京みなと館に数度趣き、ホームページを血眼になって検索していたのも懐かしいです。

 

その中には、フジテレビの球体がジャッキアップされる途中の画像もあったのですが、残念ながら削除されてしまったようです。

 

ある時、レインボープロムナードを徒歩で渡っていたところ、とある場所にあった案内パネルがやけに古めかしかったので思わず撮ってしまいました。

 

それが、下の画像です。

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これは非常にレアだ・・・

 

撮影時期的に、レインボーブリッジが完成する直前の1993年頃と推測できますね。

 

この頃はお台場のある13号地は全域で臨海副都心の開発工事が行われていた頃で、地下に共同溝を埋めていたり、建物の基礎部分が造られていたりしていました。そのためかあちらこちらで道路が迂回されており、仮の道が何本もできていることが分かります。

 

1993年当時は既にバブルは崩壊していましたが、臨海副都心発展の起爆剤として世界都市博覧会の開催が決まっていました。これも1995年、青島都知事が中止を発表したのはご存知のとおりでしょう。画像検索すると計画時のイラストが出てきます

これにより臨海副都心の中心部にはぽっかりと広い空き地が残されました。1997年放映の踊る大捜査線でも湾岸署のことを「空き地署」と自虐的に呼んでいましたね。

まさか本当に(東京)湾岸署ができるとは。

 

お台場で一番古い飲食店「お食事処ゆき」はこの当時には既に営業が行われていて、ウィンドサーフィンを楽しむ人や、この開発工事に携わっていた作業員の人々でたいそう賑わっていたそうな。現在でもこのお店は営業しています。

むか~しはホームページを持っていて、90年代当時のお台場の様子がわかるページも何点か掲載されていたのですが、こちらも今は削除されてしまったようですね。

 

一番下の画像、「13号地公園」という名前がありますが、潮風公園に変わる前はこの名前でした。既にリニューアル途中のために更地になっており、海沿いにはデッキが完成しています。

 

ちなみにこれを撮影したのは2005年のことですが、

今でもパネルはこのままなのでしょうか?

だとしたら、画像を差し替える予定です。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。